結局何を伝えたいの???大人編【sawa】
【2017年7月31日(月)その②】
坂本善三美術館のアートクラブにて子どもたちに絶筆を描いていただきましたが、この日は美術館スタッフの皆さんにも一筆お願いしていたのです。
「うーん、なんて描こうかなー」と悩みながら、でも確実に筆を進めているところはさすが美術館スタッフ、といったところでしょうか。
そんな中、
び塾メンバーみなこさんがやってきました。
(写真はミニ鰹節削り機の刃の調整をしているところです。なんでって?詳細は今は割愛します。なぜならみなこさんが説明した方がグッとくるから。みなこさん、よろしくです♡)
私がこの日美術館へ来るというので、わざわざ絶筆を描きに来てくださったのです。
もうホントありがたいです…
前回のび塾の集まりの時に絶筆をお願いしていたのですが、今は浮かばないので後日、ということにしたものの、今日までずっっっっっっと気になって気になってしょうがなかったそうです。
しかも以前持ち帰っていただいた布に描いたものはどうしても納得がいかず、描き直したいとのこと。
(ここまでのハナシ、”絶筆”という観点からいくと、色々とツッコミが入りそうですが…笑。肝心なのは絶筆を絶筆らしく描くことではなくて、描くまでに何を感じたか、どう自分と向き合ったか、などが大切だと思っているのでいいんです!)
ということで、美術館内で、美術館スタッフの皆さんと一緒に改めて描いていただきました。
そこでみなこさんが何を描いたかというと…
とある人の名前。
みなこさん曰く「”死”を考えた時に、この人のことが浮かぶ」とのこと。
そのことを表現するために、お名前を絶筆として描いてくださったのです。
なるほど…これは私自身もつい考えてしまいます。
自分にとって”死”をイメージした時に出てくる人物は誰だろう、と。
この日は、他のび塾メンバーさんからも絶筆をいただけましたので、大収穫。
一気に絶筆が増えました。
帰ってから、全体を眺めてみると、あることに気づきました。
みなこさんを始め、”名前”を作品として描いている方が数人いたのです。
あと、布いっぱいに描かれた”顔”。これも多かった。
顔や名前は、その人にとってのアイデンティティと言いますか、ご先祖様から個人個人に与えられた自分だけの宝物。
それを絶筆として後世に残したい、という無意識の欲求が筆を走らせたのかなぁ〜と勝手に妄想してしまいました。
名前や顔の描かれた絶筆。
ぜひ展覧会にてご覧いただき、「どんな人なんだろう?」と妄想していただきたいものです。
<31日の絶筆(大人編)→6枚>
・計 45枚
sawa